「ピィィィィィィィィィィィィィィィィィィーーー!!」
「楓の指笛だ!!皆持ち場へ着け!!」
松本城忍衆・烏-KARASU-を結成した翌月のある日、丑の刻を回った時間に外堀を警護していた楓の指笛が響いた。
楓の指笛は敵襲を知らせる合図である。
この日は城主・小笠原秀政をはじめ、各武将たちは皆、江戸へ招かれており、松本城の警護は烏-KARASU-に任されていた。
守りの手薄となっている隙をつかれた敵襲に、玄斎は慌てて指示を出し、天守へ集まっていた楓以外の烏-KARASU-メンバーはちりぢりに持ち場へ急いだ。
−松本城 外堀にて−
「さぁ出ておいで〜。いくら手薄の隙をついたとはいえ、一人で乗り込んで来たわけじゃないよね?」
楓は外堀の向こうにある木々の隙間からかすかに感じる気配を察知し、指笛を鳴らしたようだ。
木々の隙間からゆっくりと姿を見せる一人の忍装束を着た男。
「…えっ!!まさか本当に一人で来たのっ!?…感心しないなぁ〜。」
そういうと楓はマフラーを口当てに後ろで手早く結び、いち早く臨戦態勢を整えた。
「(気配は完全に消していたはず…まさかこの距離で感づかれようとは。)」
次の瞬間、忍装束の男が外堀を飛び越えようと大きく飛び跳ねた。
「えっ!?ちょっと待って嘘でしょ!?」
楓は慌てて阻止すべく術を繰り出した。
「深志流忍法幻操術 [虎嵐(コガラシ)]」
虎嵐は楓の最も得意とする術である。
突如現れた虎の幻獣と無数の木の葉が空を舞う忍装束の男に襲いかかる。
「(精度は今ひとつか…)」
すると男は瞬時に空中で手を合わせ、
「伊賀流忍法 木枯らしの術!!」
「い、伊賀流!?」
男が術を唱えると、男の背後から凄まじい数の木枯らしが発生し、一瞬にして楓の木の葉と幻獣を消し去り楓に襲いかかった。
「うわあああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!!!!!!!」
楓は突然の返し技に対応しきれず、凄まじい木枯らしに吹き飛ばされて気を失ってしまった。
それとほぼ同時に、忍装束の男は内堀の外へと着地した。
「楓っ!!」
天守から内堀の水へ飛び込み、真っ先に持ち場へ着いた氷冷はその光景を目の当たりにした。
忍装束の男は氷冷と対峙した。
「なんという手練れ…」
男は恐れることなく真っ直ぐと氷冷の方へ向かってくる。
氷冷は水堀から飛び出すと同時に術を繰り出した。
「深志流忍法幻術 [水龍(ミズカミ)] 」
現れたのは天守を覆い尽くすほど巨大で美しい水龍であった。
「(…これは…なんと見事な…!!)」
男は現れた幻獣に目を奪われ、その足を止めた。
氷冷はその隙を見逃さず、三刀のクナイを投げて一刀が男の右足をかすめた。
「…つっ!(…これは…冷気!?)」
更に氷冷の猛攻は止まらない。
「深志流忍法幻想操術 [龍玉(リュウギョク)]」
するとあろうことか、幻獣として現れたはずの水龍が無数の水の玉を吐き出した。
「(なんだこの術は…!!)」
その玉は幻術ではなく、ひとつひとつが身を突き刺すほどの威力を持っていた。
たまらず男はひるみ、防御の姿勢をとったまま後退せざるを得なかった。
男は一定の距離を確保したが、幻獣は薄れる気配がない。
クナイをかすめた右足には冷気が走り、
龍玉によって受けたダメージも重なり距離を詰めることを躊躇させた。
「(全く見事なものだ…これほどまでの水の使い手がいようとは…。ここでまともに戦うのは不利…か。)」
男は手を合わせ、忍術の構えを見せた。
すると氷冷はその構えを見て水堀へと潜った。
「(…何をするつもりだ?)」
「深志流忍法召喚術 [水鴉(ミズガラス)]」
水中から現れたのは巨大な水鴉。男に向かって一気に突進していった。
「(今度は召喚獣か…!!)…くっ!!」
鴉の爪を間一髪のところでかわしたが、左腕の鎖帷子を大きく引き裂いた。
男は再び忍術の構えをとり、
「伊賀流忍法 疾空の術!!」
足元に現れた巨大な竜巻によって、男の身体が天守に向けて大きく跳ね上がった。
その瞬間水堀から顔を出した氷冷は、天守に向かう男の姿に召喚獣を消さざるを得なかった。
このままでは天守を傷付けてしまう可能性があったためだ。
「まずい…美影!!五階だ!!」
氷冷は天守へ向かって叫ぶと、庭園にいた樹も氷冷の声に反応して天守を見上げた。
「あの影は…!?」
樹もその影に気が付き、天守へと走った。
氷冷は天守の守りを美影たちに任せ、気を失っている楓のもとへと走った。
斯くして天守への侵入を許してしまった烏-KARASU-。
松本城の運命やいかに−。
つづく
※すべてフィクションです。