松本城に襲来した忍びは徳川家の重臣、服部半蔵であった。
同じ徳川家に仕えている松本藩だが、今回の服部半蔵の襲来は、藩主・小笠原秀政と烏-KARASU-頭・石川玄斎による依頼だったようだ。
この度初の試みとなった忍びを中心とした新体勢と、各自の担当区分には問題ないか、実際の力量を図るため、烏-KARASU-には内密に奇襲を求めてのことであった。
樹は第二次上田合戦まで、半蔵の指揮する忍衆に所属していたため、最後まで半蔵に合わせぬよう玄斎が足止めしていたのであった。
「ったく、半蔵さんの名も知らねー忍びなんて初めて聞いたぜ」
樹は玄斎、氷冷と共に傷ついた半蔵へ治癒の術をかけ、美影は秀によって切り裂かれた胸部の手当をしていた。
「っせーよ」
半蔵の手当をしている4人から少しだけ離れたところで、秀は後ろ向きに座ってふて腐れたように胡座(アグラ)をかいている。
秀はまだ治癒の術は覚えていなかった。
楓は秀の目前で未だに気を失っている。
「本当にごめんなさい。まさか半蔵様だったなんて…」
美影は半蔵の胸部と背中に包帯を巻き終え、半蔵に申し訳なさそうにそう話した。
「いやそれぞれ見事であった。皆かたじけない、もう大丈夫だ。そこへ並んでくれるか。」
半蔵は手当の礼を言い、烏-KARASU-の皆を目前へ座らせた。
玄斎、樹、氷冷、美影、秀の順に並んで座っている。
「まず結論から言って、実に見事な守りであった。この守りを崩せる者はそうはいないだろう。」
「おお、左様でございますか。」
玄斎は嬉しそうに応えた。
「ああそれぞれ見事な腕だ。主らは第二次上田合戦の折、真田の忍びに敗戦したと聞くが。」
「はい。絶望的な実力差を前に、成す術もありませんでした。」
「実力差はあったにせよ、忍びは地の利を得ている方が圧倒的有利であるからな。だが今のこの腕なら善戦も出来よう。特に水堀の者がいい例だ。」
半蔵は氷冷に顔を向けた。
「はっ、第6守隠密・水野氷冷と申します。」
氷冷は正座したまま前方に手をつき、深々と頭を下げた。
「これほどまでの水の使い手にあったのは初めてだ。全てに於いて申し分ない。」
「もったいなきお言葉。」
氷冷は相変わらず冷静だが、内心とても感激しているようだ。
「堀における巨大な幻獣は多勢に対しても実に効果的であろう。
更に幻獣を操る術まであろうとは…
あれほど立派な幻獣であれば、内堀で殲滅(せんめつ)できるやもしれんな。
」
「・・・」
氷冷は感激のあまり半蔵の目をじっと見つめたまま何も言えず、氷冷の真白な肌は幾らか赤みを帯びていた。
その光景を見て、秀と美影は顔を見合わせて笑っている。
すると半蔵も微笑みながら、
「あとはクナイの精度を上げることくらいか?」
「…は、はい、精進致します。」
氷冷も思うところがあったのか、少し恥ずかしそうに応えて再び深々と頭を下げた。
「それから、戸田と申したかな?」
「はっ、第3守隠密・戸田美影にございます。」
美影も氷冷同様に深々と頭を下げた。
「そなたには少し聞きたいことがある。それがしが五階へ侵入した際、最初にお相手したのはもしや。」
「はい。わたくしの分身にございます。
当初わたくし自身は天守1階の入口を守り、分身は黒門を守っておりました。」
美影は得意げに話した。
「やはり…水野の声に反応したそなたは、分身を消し、五階に出現させた、というわけか?」
「はい、仰るとおりにございます。」
「しかしあれは幻術ではないな?分身の術とは本来、幻術にて行う忍術。
そなたは自らを具現化して操作し、更には忍術までも操ったというわけか?」
「いえ、操ったわけではございません。
具現化したのは半蔵様の仰るとおり、わたくし“自身”にございます。
」
「…そうれはどういう?まさか、意志も…何もかもということか?」
「はい。わたくし自身を、そのまま具現化することができます。
無論、具現化した分身はわたくし同様、自らの思考で動きます。」
半蔵は目を丸くして驚いた。
「そのような術が…先代であり初代服部半蔵である父からも聞いたことがない。」
すると玄斎が補足した。
「そうなのです。
実は深志流忍法帖の中にもそのような記述はございません。
美影は具幻術を極める中で、独学でこの術を会得いたしました。
現在はもちろん、過去にも美影以外にこの術を使えた者はおりません。
」
玄斎の言葉に半蔵は更に驚いた。
「なんと…いやしかしそれでは。 副作用などはないのか?」
「え…?あ、はい。今のところは、ですが。」
「…そうか、ならば良いが。」
美影は思いも寄らぬ問いに驚き、確認するように皆と顔を見合わせた。
「うむ、しかし城のように多くの入口を守るには最適の術だ。
そしてこれほどまでに精度の高い具幻術は、努力と才が重なり合い初めて為せる偉業。
良く努力されたな、誠見事であった。」
「は、はい!ありがとうございます。」
美影は嬉しそうに深々と頭を下げた。
「しかし過去に例を見ぬ大術には、副作用や反動、もしくは失敗したときの罰がつきものだ。
他の者もくれぐれも気をつけるようにな。
」
「はい、肝に銘じておきます。」
美影は三つ指をついたまま、更に深く頭を下げ、続いて他の4人も軽く頭を下げた。
すると半蔵は秀の方を見て、
「そして、秀。お主もだ。」
「・・・え?」
秀は不意に話を振られてポカンとした顔でそう応えた。
つづく
※すべてフィクションです。